東村山市 市民公開講座”腰痛借金”対策教えます!」を終えて

2017/9/16
一 般

JATA 病院グループ新山手病院 整形外科
『顧問医に聞く』 第1回

※2017年9月16日(土)松平先生が、東村山市医師会市民公開講座でご講演されました。この講座開催にあたり、当院副院長の横倉から松平先生へインタビューを行いましたので、その内容をご紹介いたします。

~ ご紹介 ~
(話し手) 東京大学医学部附属病院 22世紀医療センター
運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座
 特任教授 松平 浩 先生
JATA病院グループ新山手病院整形外科顧問(9月就任予定)
テレビ出演多数。

(聞き手)公益財団法人結核予防会 新山手病院
 副院長 横倉 聡
専門は整形外科全般、特に骨軟部腫瘍


seal-boy


横倉: この度は、JATA病院グループ整形外科の顧問医にご就任いただき、誠にありがとうございます。先生には、とくに腰痛性疾患の保存療法に関し、様々なご指導をいただけるものと期待いたしております。当グループでは、先生もよくご存知の參宮橋脊椎外科病院院長の大堀靖夫先生にも顧問医をお引き受けいただいております。先生には手術療法のご指導をいただき、患者さんには腰痛体操から手術まで、途切れ目のない治療法を提供し、いわばコンシェルジュ的な役割を担っていきたいと考えております。

松平先生: 光栄です。

横倉: 本日は、「顧問医に聞く」というコーナーで、腰痛に対する先生のお考えをお伺いできればと考えております。テレビ等にも多数出演され、一般の方にも大変分かりやすく解説されている先生ですので、非常に有益なヒントをいただけるのではないかと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。

松平先生: こちらこそ、よろしくお願いいたします。

横倉: さて、先生には大学病院でご一緒させていただいた時期もあるのですが、当時の記憶を辿ってみますと、松平先生は学位も腰部脊柱管狭窄症の手術に関するものでしたし、第一線の脊椎外科医というイメージが浮かんでまいります。現在では、腰痛体操をはじめ、保存療法の大家という印象ですが、何か保存療法に目覚められたきっかけのようなものがあるのでしょうか(笑)?

松平先生: はい、マッケンジー法という理学療法があるのですが、ある患者さんにこれを試してみましたところ、望外の効果が得られまして、それ以来、腰痛に対する保存療法の効果を強く意識するようになりました。

横倉: なるほど、オーストラリアのセラピストが開発した診療と治療を兼ねた腰痛体操ですね。国内では、整形外科医が開発したAKA法などもあるようですが、たしかに慢性腰痛などには腰痛体操などの理学療法が最も有用であるというエビデンスもありますね。慢性腰痛に対しては、うかつに手術を選択すると、MOB(注1)あるいは「Failed Back(注2)と呼ばれる、何度も手術を繰り返しても結局良くならない状況になりかねません。たしかに保存療法は、慢性腰痛の第一選択と言えますね。

松平先生: 慢性腰痛に限らず、急性腰痛の一部や、とくに腰痛の予防にこそ運動療法は重要であると考えています。運動療法の適用範囲は広いと感じています。

横倉: 先生のご経験から、腰痛、といっても腰痛の定義にもよりますが、腰痛の何割くらいは保存療法で良くなるとお考えですか?

松平先生: あくまでも印象ですが、8割以上は簡単な体操や適切な運動療法で良くなると考えています。

横倉: そんなにですか?でも、たしかに腰痛全体で見るならば、手術が不可避な方は1割もないかもしれませんね。逆に先生からご覧になって、これは最初から手術をした方が良いというタイプの腰痛はありますか?

松平先生: 馬尾徴候というお尻や両足にしびれが出てきている高度な脊柱管狭窄症のある方でしょうか。また、近年”早歩き”が健康寿命の命綱であることがわかってきましたので、痛みのための早歩きが数か月できない状況が続いているなら手術を考えても良いかと考えています。年齢も高い方が多いですので、体力的な問題も考えるならば、あまり保存療法に時間を費やすべきではないかもしれません。若い方であれば障害されている神経に接している膨隆型の小さな椎間板ヘルニアは吸収もされにくいですので、症状が強ければ早期の手術を考慮された方が良いかもしれません。最近は、内視鏡手術なども発達していますので、手術の負担も少なくなっています。また、手術とは少し外れますが、転移性骨腫瘍や内臓痛などによる腰痛は検査治療を急いだ方が良いです。安静にしていても痛む腰痛は腰痛体操の除外項目です。

横倉: 当院でも、どのような姿勢でも狭窄が解消しないような高度な脊柱管狭窄症の方には手術をお勧めしていますし、外側型の椎間板ヘルニアなどは内視鏡手術の良い適応と考えて大堀先生にお願いしています。ご指摘の通り、内臓痛の鑑別も重要ですね。寝ていて腰痛で目が覚める方で、姿勢を変えても腰痛が軽快しない方は、最初から徹底した検査を行うことをお勧めしています。

松平先生: 良い方針だと思います。鎮痛薬を服用して痛みが一時的に軽くなってもすぐにぶり返す人も、特にがんの既往がある方は要注意ですね。

横倉: さて、それでは具体的に先生の提唱しておられる腰痛体操について伺いたいと思います。先生は「腰痛借金」というユニークな概念で腰痛の予防を啓蒙しておられますが、これはどのような考え方でしょうか?

松平先生: 私は、腰痛の発生源として、背骨つまり脊柱の問題、筋肉の問題、心の問題があると考えています。背骨は、骨と骨をつないでいる椎間板や関節の問題と言っても良いのですが、知らず知らずのうちに背骨や筋肉、場合によっては心に負担が蓄積していって、それが腰痛となって現れる。その日々積もっていく負担のことを腰痛借金と呼び、少しでも借金の減る姿勢や運動を心がけましょうという考え方です。

横倉: なるほど、とても分かりやすいですね。たしかに椎間板ヘルニアも、一度の外力で椎間板ヘルニアが発生するという仮設は実験的には否定されていて、繊維輪の細かい亀裂や髄核の分節化が積み重なった結果、何か小さなきっかけを直接的な誘因として、我々の共通の恩師である黒川教授は「the last straw」と表現されましたが(注3)、最後の最後にヘルニアとして脱出してしまう。したがって、繊維輪などの亀裂を借金と考えて、これを貯めないようにすればヘルニアも発生しにくくなるということですね。

松平先生: 椎間板に限らず、筋肉にも同様のことが言えます。椎間板にせよ、筋肉にせよ、借金を貯めないために最も重要なことは、腰に負担の少ない姿勢、具体的にはなるべく重心線と背骨のラインが一致するような姿勢を維持することが重要だと考えています。私は、これを「ハリ胸プリけつ」(図1)と呼んでいますが。

youtuushakkin1

(図1)

横倉: 若い頃にフラメンコダンサーとして鳴らした先生らしい表現ですね(笑)。でも一度聞いたら二度と忘れないキャッチフレーズだと思います。でも、高度な脊柱管狭窄のある方は、そもそも「ハリ胸プリけつ」は無理ですね?

 

松平先生: はい、私が以前より推奨している“腰痛借金”返済目的の「これだけ体操」(図2)もそうですが、それがさきほどお話にも挙がった脊柱管狭窄があることを疑う判断になるかと思います。

youtuushakkin2

(図2)

横倉: なるほど、「ハリ胸プリけつ」と「これだけ体操」は治療であると同時に、診断も兼ねているというわけですね。ある意味で、マッケンジー法にも通じますが、患者さんがご自身でできるところが良いですね。

 

松平先生: その通りです。

 

横倉: 腰痛の原因として、背骨、筋肉と並べて心を持ってこられたのも卓見ですね。腰痛、とくに慢性腰痛と心の問題は切っても切り離せない関係にありますね。

 

松平先生: 慢性的に腰痛が続いていると、脳の中の痛みを中和するシステムが疲労し、結果的に心の痛みも中和できなくなって「うつ傾向」を帯びてきます。逆に、「うつ病」が先行して腰痛につながることもあると考えています。

 

横倉: 線維筋痛症などの慢性疼痛性疾患では、中脳辺縁ドーパミン系と呼ばれる疼痛中和中枢の機能が低下していることが脳機能画像検査で証明されたという論文を読んだこともありますが、身体の痛みと心の痛みが同じ快楽中枢の機能低下で説明できるとわかって目から鱗が落ちた思いがしました。

 

松平先生: 中脳辺縁系ドーパミン・システムという用語も使われますし、大脳辺縁系として言及されることも多いかもしれませんが、いずれにせよ、心の痛みと腰の痛みには共通した脳の機能異常がありそうです。fMRI(注4)などの他覚的な検査で証明できるようになってきたことは画期的なことであると思います。また、そのような観点からSNRI(注5)の適用疾患に慢性腰痛と変形性関節症も含まれるようになりましたので、治療手段も増えました。

 

横倉: SNRIも慢性腰痛にはいかにも効きそうですが、副作用も少なくないので、やはり処方するのは躊躇われる部分もあります。その点、腰痛体操であれば副作用を心配する必要がありませんので、安心ですね。

 心の問題に関しては、先生は認知行動療法も重視されておられるようですが、これはどのような概念でしょうか。

 

松平先生: ある現象をどのように認知するかは、心の腰痛借金を貯めるかどうかの重要な分かれ目です。たとえば、ある人と道ですれ違って「おはよう」と声をかけたにもかかわらず、その人は何もいわずに通りすぎてしまった。これを「彼は私がきらいなんだな」と感じれば大きな心の借金になりますが、「きっと私に気づかないほど何かを考え込んでいたんだな。」と解釈すれば借金を貯めなくてすみます。認知行動療法は、痛みがあっても痛みに巻き込まれず、痛みに対しある程度の距離をとって、物事を前向きに考え人生にとって大切な行動を取れるようにサポートする治療法のことです。

 

横倉: なるほど、非常に有効性が期待できそうな方法ですが、とても難しそうですね。

 

松平先生: 難しいです。私も、本当に上手に認知行動療法を実践できる先生は数名しか存じ上げません。しかし、腰痛治療において最も重要なポイントは患者さんの自発性です。「腰痛を治していこう」とご自分の意志で腰痛教室に参加されるような方は効果も充分上がりますが、会社から「この人の腰痛を治してやってください」と依頼されるようなケースでは、まずご本人の考え方から変えていただく必要があります。このような場合、社会復帰に導くには認知行動療法が必要になります。

 

横倉: なるほど、とても参考になるお話ですね。腰痛疾患に限らず、慢性疼痛性疾患においても同じようなことが言えるかもしれませんね。

 

松平先生: はい。わたしたちは、交通外傷による頚椎捻挫の症例を3万例以上解析し、慢性化した症例の原因を特定したことがありますが、器質的な要因を除けば、慢性化の最大の要因はhostility(敵意)であるが示唆されました。このhostilityは、がんも含めた様々な心身の不調に強く影響するとも言われています。自らの心の持ちようが自らを苦しめているという側面はたしかにあります。

 

横倉: それは、臨床的にも実感できることですね。でも先生のように、「はり胸プリけつ」で楽しく腰痛を治しましょうというスタンスは、大脳辺縁系を刺激するという側面からも有用性が高そうですね。

 本日は、お忙しい時間を本当にありがとうございました。先生のご指導の下、当院の保存療法も充実発展させていきたいと考えております。今後ともよろしくお願いいたします。

 

松平先生: こちらこそ、新山手病院のような環境に恵まれた病院であれば、運動療法も効果が上がるのではないかと期待しています。よろしくお願いします。

 

 

 

(注1)Multiplyoperated back:症状が取りきれず、何度も手術を繰り返すに至る状態。

(注2)脊椎手術をしても満足な結果が得られない状態。多くは背骨以外に疼痛の原因がある。

(注3)Thelast straw breaks the camels back.ということわざ。ラクダの背中に無理に荷物を積んでいくと、最後に藁を1本(the last straw)乗せた瞬間に背骨が折れてしまうという警句。椎間板ヘルニアも、一度の大きな外力によって発生するのではなく、小さな外力の積み重ねで線維輪や髄核に亀裂が蓄積していくのが原因であって、最後に小さな外力が加わっただけでもヘルニアは発生すると考えられている。

(注4)functionalMRIMRIによって検出される脳の血流と酸素の消費状況から脳の活動を推測しようとする方法。

(注5)セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬:当初うつ病治療薬として開発されたが、糖尿病性神経障害、線維筋痛症、慢性腰痛、変形性関節症にも適応が拡大された。